再び日本はマラソンでメダルを取れるのか??と、その前に近代マラソンの記録を振り返ってみよう!!

2020東京五輪のマラソン選考会(MGC)が終了しました。男女共に事前の最有力候補が敗れる波乱の展開(と言っても参加者全員がザ精鋭なんで誰が勝ってもオカシクないのですが)でしたが、五輪まであと一年。日本勢の活躍や如何に!?

ちなみに、男子の話をすると、今世界No.1と評されているのはケニアのキプチョゲ選手です。とにかく早い😅彼のベストタイム(公認)は2:01:39😱、堂々の世界歴代1位の記録。ちなみに歴代2位も彼の記録です。

更に(コースや時間帯、伴走者、先導車など走りやすい理想的な環境を整えているので)非公認記録ではありますが、2:00:25という記録😳も持っています。その時の映像は↓ですが、「Breaking 2(2時間切り)」をテーマにした実験的な取り組みです。

いくら環境を整えても、2時間切りを本気で狙える選手は現状世界でほんの数名でしょう。

タイトル忘れましたが、各界の権威が徹底分析して、”人間の限界”をはじき出す本がありましたが、マラソンは理想的な才能を持ち、極限の努力をした人間が、限界まで追い込まれたら(確かその本の仮定条件は、捕まったら殺される状況で隣国まで走って逃げるという過酷な条件でしたが😩)ギリギリ二時間切ることができるという結論だったと思います。

いずれにせよ、アクシデントが無ければキプチョゲ選手が日本選手の前に大きな大きな壁として立ちはだかることは必至です。

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人間の限界はどこにあるんでしょうか?

オリンピックにおける男子マラソンのタイム

オリンピックの男子マラソンの記録を順に見ていきましょう。

1896年アテネ 

 2:58:50 ちなみに上位8位中3位以外は全員ギリシャ人です。100年以上前なのにサブ3って結構早いですよね😉

1900年パリ

 2:59:45 今度は1,2,4位がフランス人です。地元強し。多分黎明期の競技は地の利(ご近所からの補給とか)が物を言ったのでしょう。ツール・ド・フランスなんかも黎明期は、今の常識では無茶苦茶なことが認められていていたといたというので、競技というよりお祭りだったんでしょう😅

1904年セントルイス

 3:28:53 ちなみにフレッド・ローツという人が大半車に乗って最後だけ走って一位になったらしいですが、当然失格となりました。悪いことはできないですね。タイムが過去大会に比べて遅いですが、コースが過酷だったんでしょうか?

1908年ロンドン

 2:55:18 再びサブスリー。これより前のマラソンは”40km”でしたが、この大会は42.195kmで競われました。ちなみにこんな中途半端な距離になったのは観戦する王族の目の前でゴールさせるためです。おおらかな時代😌

1912年ストックホルム

 2:36:54 早い!現代でもローカルマラソン大会(招待選手なし)だと優勝できるかもしれません。距離は40.2km。”.195km”ってなんやねん!四捨五入してもエエやろ!という担当者の叫びが聞こえてきそうです。

1920年アントワープ

 2:32:35 着実に記録伸びてきました。距離は何故か42.750km。何故に延ばした?

1924年パリ

 2:41:22 記録は後退。レース設定が厳しいでしょうね。距離は42.195km。以後公式大会の距離はこれで固定です。ちなみにこの年は万博も行われたり(というかオリンピックはその”ついで”)、第一回冬季オリンピックもシャモニーで行われたり、ちょっとカオスな大会だったらしいです。

1928年アムステルダム

 2:32:57 この時代はサブ2.5が一つの区切りだったんでしょうね。今日でも上級市民ランナーとプロランナーの最後の壁がこの辺りな感じはします。

1932年ロサンゼルス

 2:31:36 惜しい。サブ2.5ならず!それにしてもオリンピックで同じ都市で何度もやってるんですね。

1936年ベルリン

 2:29:19 ついにサブ2.5。この大会はスポーツの観点からではなくアドルフヒトラーの大会として有名です。なお、1位と3位はIOCの登録上”日本”の選手ですが、彼らは朝鮮出身です。国籍については、数々の論争や暴力的な事件がありますので、各々解釈してください。

1948年ロンドン

 2:34:51 悲惨な戦火に包まれた世界が再び平和の祭典を開催したのはロンドン。タイムは少し後退です。この大会の金メダルはアルゼンチンの選手で、言及しませんでしたがアルゼンチンは戦前の大会でも表彰台に上がっています。マラソン中興期の強豪国だったんですね。

1952年ヘルシンキ

 2:23:03 いきなり早くなった!いよいよスポーツ科学の発展と競技性の高度化が始まった予感がします。

1956年メルボルン

 2:25:00 2.5は余裕で達成してきます。しかし、近代と現代のマラソンを自分が分けるとしたら次の大会でしょうか。

1960年ローマ

 2:15:16 はい出ました好タイム😃優勝は日本人にも馴染みが深いエチオピアのアベベ選手です。2時間15分となると現在のマラソン大会でも気温やコースの設定によっては優勝し得るレベルです。そして、アベベ選手は裸足で走ってます。全盛期の彼が最新のナイキシューズを履いたらどうなるのか?🤔(フォームや走法が異なるので逆に遅くなる可能性も十分ありますが)マラソンファンなら見てみたいですよね。

1964年東京 

2:12:11 …。いや季節(この大会は10月。2020はスポンサーの都合で死人が出そうな真夏)もコースも違いますよ、でも2019MGC優勝タイムが中村選手の2:11:281964年アベベ選手の優勝タイムと比較すると1分も変わらないという衝撃😳!!アベベ選手のタイムを単純に比較すると2019MGCで6位!!に入ることになります。どういうことや…😥

ちなみに3位には2:16:22で日本の円谷選手が入ってます㊗最後のトラックで抜かされて3位になってしまう(というか銅メダルでも快挙なんですが)場面は印象的です。

1968年メキシコシティー

 2:20:27 タイムは後退。開催地の標高が2300m😱空気が薄いので持久系競技にはキツイ大会ですね。タイムだけでは計れない競技の難しさがあります。ちなみに、銀メダルは日本の君原選手で2:23:31👏この辺りが日本男子マラソン黄金期と言う人も。

1972年ミュンヘン

 2.12:19.8 再び高速タイムへ。表彰台は逃しますが君原選手は5位入賞しています。

1976年モントリオール

 2:09:55.0 ついに2時間10分切る時代になってきました。

1980年モスクワ

 2:11:03 西側ボイコットで有名な大会ですが、タイムはまあまあな感じです。

1984年ロサンゼルス

 2:09:21 色々とド派手な演出で有名な大会。以後財政上の問題から、紳士なアマチュア大会というオリンピック本来の意義は薄れて、巨大スポンサーによる一大広告祭りという側面が大きくなってきます。(2020の開催時期さえコントロールされてしまいます。何がアスリートファーストだよ。)

1988年ソウル

 2:10:32

1992年バルセロナ

 2:13:23 日本の森下選手が二位(2:13:45)惜しい!!女子も有森選手が2分32分49で二位!!

1996年アトランタ

 2:12:36 女子有森選手が銅メダル(2:28:39)です。

2000年シドニー

 2:10:11 つい最近の話のような気がしますが、もう19年経ってる…ご存知のとおり女子は高橋尚子選手が2:23:14で金メダルです。日本女子は間違いなくこの辺りが黄金期と言えます。

2004年アテネ

 2:10:55 オリンピックの母国に帰ってきました。第一回のアテネのタイムから48分速くなってますね(しかも距離が40kmの時代でしょうから、実質1時間近い高速化です。)。そして野口みずき選手2:26:20で金メダルです。

2008年北京

 2:06:32 オリンピック新記録更新。早い!

2012年ロンドン

 2:08:01 女王陛下がダイビングした大会ですね😆ジョークの国らしい演出でした。ここら辺からアフリカンパワーが爆発。関係者から怒られるかもしれませんが、正直日本人が表彰台に上がることがイメージしにくい時代となりました😖

2016年リオ

 2:08:44 現代に帰ってきました。最初に紹介したキプチョゲ選手の記録です。アフリカ勢がマラソン競技の中心にいる中所謂白人系のゲーレンラップ選手が3位に入っていることが、日本人としての希望でしょうか。かれはナイキ・オレゴン・プロジェクトメンバーで、MGCでは惜しくも3位となった大迫選手もこのプロジェクトメンバーです。

2020年東京

 ????? 果たしてここに記されるタイムはどうなりますか。始めの1桁も”2”じゃなく”1”かもしれません😊頑張れ、中村・服部・前田・鈴木選手!!(とあと二人(未定)😅)

とここまで歴代タイムを追ってきて何ですが、自分が一番感動するのは、スポーツマンシップや他者への敬意を優先する場面を見たときでしょうか。歴代大会の記録を見てきて、例えば競技を放棄しても倒れた仲間を助けた人や泳ぐアヒルを優先して停止したボート選手のエピソードに出会いました。

勝者を称え、敗者を労う。そんなオリンピックであって欲しいと思います。

↓公式HPでオリンピックの歴史や記録などがエピソードと共に紹介されています。

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平和の祭典であってほしいね!